■ロバート・ダグラス
1936年アイオワ州ウィスコンシン生まれ。
「ミュージック・ストーン」「ロッキン・ア
メリカ」誌にコラムを持つ、米音楽ジャーナ
リズム界の重鎮。「ドクロ団」を最初に全米
に紹介した一人。

「いやあ、今まで多くのミュージシャンたちのアポイントを取りつけてきた私
だが、彼ほど苦労させられた相手はいないね。誰って、『ドクロ団』のドクロ
マン佐藤のことさ。ようやく彼のエージェントからインタビューの OK をもら
ったときは、それこそ天にも昇るような気持だったよ。
 さっそく私は彼との会見に向けてセッテイングを始めた。ペニンシュラ・ホ
テルのスウィートを押さえ、当日に三人の美女をそこに呼ぶ手はずを整えたん
だ。彼の女好きは有名だからね。念には念を入れて、というわけさ。
 しかし、こともあろうに私は約束の時間に遅れてしまったんだ。せいぜい5
分ぐらいの遅刻だったんだが、ホテルの部屋にはもう彼の姿はなかった。ベッ
ドの中では裸にされた女たちが、さっきまでの甘い夢の余韻に浸っていた。お
まけにデスクの上に、とぐろをまいた彼の糞があったんだ。とびきりデカいや
つがね。 それ以来、彼には会えずじまいさ」



■ドナルド・チムニー
1957年ネバダ州ウィルベリー生まれ。
70年代にはロカビリーバンド「ハートレス・
ボーンズ」のベーシストとして活躍。現在は
ウッド・ベース専門のスペシャル・ショップ
「スラップス」のオーナー。
 

「あれはともかく風が強い日だった。まだ午後の3時だっていうのに空はもう
真っ暗でな。夕立になりそうだったんで、オレは早めに店を閉めちまおうと思
ったんだ。こんな天気の悪い日に、こんなネバダのはずれの町まで、わざわざ
ウッドベースを買いに来る客がいるなんて思えないからな。そうだろ? 
 でもそのとき、店にあった一本の売れ残りのベースがひとりでに鳴り始めた
んだ。いやあ驚いたぜ。そのベースはおそろしく弾きづらくて、なかなか買い
手がつかない一本だった。そいつが誰も手を触れていないのに、突然不気味な
音を鳴らし始めたんだ。そして、店の中にいきなり強い風が吹き込んできた。
誰かドアを押し開けて店に入ってきたヤロウがいたのさ。そう、その男こそが
ハーレー森だった。『ドクロ団』のな。
 ヤツがそのベースを手に取ると、ようやく音は鳴り止んだ。どういうことか
わかるか? そうよ、オレが見たのは、忠実なしもべがその主人に出会った瞬
間だった、ってワケさ。そして、ヤツはそのベースを抱えたまま、無言で店を
出ていった。金も払わずにな」



■ベンジャミン・ピンチョン
1929年テネシー州メンフィス生まれ。
著名なブルース・マンだったが、1949年に
海兵隊に徴兵され、朝鮮とベトナムで従軍。
退役後はハワイに渡り、ホノルルにて理髪店
「ベンのヘアカット」を営む。
 

「ピザ屋のジムが大声でわめき散らしながら、わしの店に飛び込んで来たんじ
ゃ。そのときわしは客の頭を洗っとる最中じゃった。ジムのやつ、『おいベン
! パール・ハーバーだ! また日本人どもがやりやがった!』なんて騒いど
る。だからわしは客を放ったらかしにして、ジムと一緒に『コナハ・クラブ 』
まで行ったってわけだ。そこで演奏してたのが『ドクロ団』じゃった。
 奴らのプレイには、そりゃあもうぶったまげちまったわい。とくにニック・
リーのドラムはまさに神ワザじゃよ。奴のプレイは、この老いたブルースマン
の心を自在に揺さぶりよった!
 わしはな、久しぶりにすっかりブルース魂に火を付けられちまった。それで
どうしたかじゃと? 決まっとる! そう、わしは常にエプロンのポケットに
隠し持っとった、ブルース・ハープを取り出したのよ。そして思わずステージ
に飛び入りしたんじゃ。老体にむち打って腰をくねらせながらニックに近寄っ
たら、あの若造、わしをステージ裏に突き落としよった! まったく、年寄り
には冷たい奴らじゃよ」



 
■キャサリン・アレクシー
1977年フロリダ州パーム・ビーチ生まれ。
初舞台が94年のパリコレクションという、
スーパー・トップ・モデル。99年には東京
コレクション出演のため、念願の初来日を
果たす。
 

「彼らは獣よ。二度と会いたくないわ」